無声映画の話①〜③の続きです。

必要に応じて、登場人物がスクリーンに現れるタイミングで、お客様が「この人だ!」と思い出す手助けとして、同一のメロディのさわりを使用して、あとはその時の感情で変奏して、尺もあわせることを「モチーフ」として話をすすめていきます。人物を指すもの、情景、場を示すほか、特定の感情をカテゴライズ化することもあると思います。

わかりやすい例えでは、現代のドラマでも「ヤバイ!」と思ったところで「タッタラ〜〜」とか、ベートベンの「運命」やバッハの「トッカータとフーガ」なんかが出現しますよね。あれも一種のモチーフなのではないでしょうか?

無声映画の上映では、長編を1本弾くだけの番組もあれば、何本かの作品を続けて上映することもあり、「ニコニコ大会」では、19世紀のアメリカを舞台とした喜劇ばかりを3~4本続けて上映ということがほとんどです、

さて、そうなると、「危険が迫るモチーフ」「ドタバタコメディモチーフ」などが、似た感情表現ゆえに、重複する可能性がでてきます。日付が変われば同じ曲を弾いても許されると思うのですが、いくら弁士が交代したといっても、お客様の耳環境がリセットされるわけではないので、私としてはできるだけ異なるモチーフで対応できるように、いくつかのモチーフをストックしておく必要を感じて準備をしています。

映像の権利で問題が生じてしまうので、モザイクなのですが、何作品からを続けて上映する場合、このようにおおよそのシーンカテゴリーに色分けや枠わけ、フォントで目印をした形のモチーフ集を作成して、重複を避けます。

楽譜が苦手なので、譜面で記録するのは最小限で、あとは隠語のような自分にだけわかるワードと「どれみふぁ」で書き示すことが多いです。

3年に渡って楽士として参加させていただいていた「話芸研究会 蛙の会」では、ずいぶんと初見で演奏させていただく研鑽を積ませていただきました。和物でも琴や尺八などを織り交ぜた初見も、まぁそれなりにはできるとは思っているのですが、お客様に時代背景も含めて楽しんでいただくためには、調べたり試行錯誤したりする時間も私には必要だと思っています。

一例として、先月2022年2月に上映させていただいた「戦艦ポチョムキン 」では、戦艦船員たちが寛ぐシーンでは、民族楽器でのスラブ民族的なスケール即興から、「コロブチカ」民謡の演奏をしました。「オデッサの階段」シーンの前では、ロシアでも広く使われている「ブズーキ」の音色を使用し、「オデッサの階段」後の航海中は、凪いだ海の情景とともに、ウクライナの民族楽器「パンドゥーラ」の音色に近い音色をリバーブで調整してつくりました。

同日上映の「カリガリ博士」の時代背景「ドイツ表現主義」をリスペクトしつつ、近い作曲家の作品をモチーフ使用も試みました。

上映前にお借りする映像素材DVDは、上映日本番に返却してしまうので、私の手元に残るのは、Rubixでライン録音した音源と「サウンドデザイン」表と、「モチーフ」表で、制作使用のiMacの容量いっぱいに蓄積されていますが、私にとっては宝物。再演の時にも、手直しをしつつ温め直しています。