無声映画の上映後、お客様からの質問で一番多いのは、

「楽譜、ないんですか?」

(撮影 黒沢孝行)

オーケストラピット内や、上映スクリーン脇にある楽士席にあることの多い譜面台や譜面灯が、私の席にはありません。暗譜といえば暗譜なのですが、私が覚えているのは映画の映像とタイミング、そこでのモチーフで、弁士さんの語りにぴったり合わせることの方が大切なので、基本的には弁士さんの語りを聞きながらの即興演奏をしています。

曲のモチーフは、お客様にその映画の時代背景を味わっていただきたい思いから、なるべく時代や地域に沿った音楽背景をYouTubeなどで調べあげて起用し、人物ごとのテーマとして登場シーンにドラマのようにわかりやすくあてています。無声映画はモノクロで、しかも洋ものであれば顔の判別も難しい時があるので、音楽でその人物の特定ができると親切だろうな〜と思っています。

まず日程をブッキングされて、その後番組が決定し作品が決まって、練習用の映像素材をお借りします。(これは伝票もあり、要返却の厳密な管理でお預かりしています)そして、最初にする作業が、この物語を理解し、そのシーンがだいたい何秒で、BPMの速度によっての小節数、フレーズの大きさを割り出します。テーマの主調を決めて、属調に転調などの展開が無理のないように、あまり元調にはこだわらず、映画1本がひとつの大きな音楽になるイメージで構成をわりふる作業を私は「サウンドデザイン」と呼んでいます。

共感覚までは達していないかもしれませんが、私には絶対音感のほかに、色を感じる力も強いので、音色とメロディ、フォントなどを記憶の手がかりとして、割と早く自分で決めたデザインを記憶することができると思っています。

「サウンドデザイン」作業をしながら、同時に音色も決めてキーボードにプログラミングをしていきます。本番の上映時に、生演奏しながら、ボリューム調整をするのは大変なので、右手、左手それぞれの音色ごとに、バランス配分で基になる音量もプリセットしておきます。

ここまでで、もう私の作業は70%は終了です。あとは、当日まで弾き切る技量を磨いて、維持する。当日、弁士さんと打ち合わせて、頭の中の進行表を書き換えて、本番は弁士さんの説明を聞きながら弾けば良いだけです。

実は私はあまり楽譜が得意ではありません。実家がピアノ教室で、ピアノ曲はほぼ耳コピしてすましてしまったので、楽譜を読むこと、そして、自分が作った曲や自分が耳コピですましている曲を楽譜化して人に伝えることが苦手です。今は、楽譜を書く作業をiPad上の五線譜アプリに指描きすることでなんとかしのいでいます。

無声映画の話④に続きます。