さて、

「むらさきmusicラボ」の無料コンサートまで、あと1週間。

プログラムは、当日、配布をいたします。(生徒の個人名が掲載されておりますので、ネット掲載を致しません。)

そのかわり、少しずつ、プログラム解説をこちらに掲載して、当日のガイドとできればと思います。

第一弾は、第二部「むかしの映画」コーナーの解説

初期のチャップリンが有名ですが、ご存知のように、昔、映画は、白黒で、音もなく、動いているだけで、人々が驚いた!というような時代がありました。

その時代のフィルムは、燃えやすい素材で焼失したり、戦争で軍事物質に変えられたりで、今の時代なら当たり前の「バックアップを取る」という週間もありませんから、貴重な資料は少ないのですが、コレクターたちが、オークションなどで落札して保存をしたり、研究をすすめています。

コンサートでは、「喜劇映画研究会」の代表の新野敏也さんを迎えて、短い時間ですが、「むかしの映画」について、少しお話をしていただいた後で、1分30秒という短い作品を、私(坂本真理)と、福澤達郎(ジャワガムラン演奏家・作曲家 ぺとらメンバー)とピアノ連弾で、音楽をつけさせていただく作品を上映いたします。

作品名など、詳しい背景は、当日の新野さんのお話にて。

私は、現在、ラボの運営とともに、外部でもリトミックワークショップや、音楽遊びの講師、パフォーマーなど、様々な活動をさせていただいているのですが、その中でも重きを置いているのが、この無声喜劇映画に音楽をつけること。そして、時には、弁士として、語りも挿入しています。

リトミックと、映画は、ほぼ同じ時期にヨーロッパのフランス語圏で、生まれたので、舞台表現として、人間のオブジェとか、人をたくさん置いてのコラージュとか、共通点が多いと感じています。そして、音楽が貴族のものではなく、庶民に降りてきて、その結果、音楽を庶民にもわかりやすく教育するためにリトミックが生まれたように、映画もまた、地方の一般の人に、音楽の仕組みなど、いろんなことを伝えたり、教育するために、活躍しました。

そして、映画に出る人たちは、最初は、映画俳優という職業はなかったので、手品師、サーカス芸人など、身体のプロフェッショナルの人がになったことから、初期の映画の身体表現は、まさに「歌う」ような動きをしています。

また、この頃は、また映画を撮影する時に、クルクルと、映写機を手動で回していたので、そのカウントのために、杖か何かでクリックをしていたと思われます。

しかも、この時代に、こうゆうことができる人たちは、学ばずとも、最初から、リトミックと同じ、西洋音楽のグルーヴを持っています。

グルーヴというのは、音楽の「訛り」のようなもので、黒人のファンクには、沈む感覚。ブラジルのサンバには、「タカラカタカラカ」と、機関車の車輪が回るような音像。アラブ世界のものは、洗練されていて、ほとんど感じないほど数学的なものも多いと私は感じます。(専門家に言わせると、訛りはあるそうです。これは、ぜひ、ぺとらのマスター立岩に聞いてください)

リトミックでいうところの、グルーヴは、「クルーシス、アナクルーシス」と呼ばれて、ダルクローズリトミックでは、必ず通るものです。簡単に言うと、4拍子の4は、次の小節をまたぐにほどのエネルギーをもたせます。

(訛りがないのは、デジタル、初期のPCでの打ち込みの音。現在は、グルーヴも、デジタル処理が可能なので、あえて、クオンタイズをずらして作品は作られますが、スーパーマリオの曲とかは、打ち込みっぽいサウンドなのでは?)

そんなグルーヴが、

昔の映画だと、動きなのに、どこか舞踊的に、このグルーヴがあるのです。

これは、トーキーの時代の作品になると、演技として成立してしまうので、普通の映画の映像になってしまうのですが、また音声のない時代のパントマイムと、演技と曲芸と、舞踊が一体化した動きの中では、リトミックのグルーヴのある動きが発見できるのです。

 

サイレント映画伴奏家とか、サイレント映画ピアニストの方など、無声時代の映画に音をつける活動をなさっている先人の皆様は、それぞれのスタンスをお持ちで、皆さんのご活躍のおかげで、日本にいながら、いろんな映画作品に、音のイメージを感じつつ、当時の知恵を知ることができることは、本当に感謝し、リスペクトをしています。

そして、日本では、活動大写真(シネマ)の弁士という職業が、世界で唯一あるそうです。弁士は、ご自分で調べ、研究をし、台本も自ら執筆され、フィルムの調達も含めてセルフプロデュースされるそうです。(山崎バニラさん、坂本頼光さんに、直接お目にかかりましたが、本当に素敵な方々でした)

そして、「東京」らしい「粋」というのでしょうか、

「喜劇映画研究会」では、そう言った映画畑からではなく、第一線のミュージシャンと、映画とをセッションのような感じで(私見)、本当に、その場に居合わせなければ体験できないようなイベントを長年、開催されていました。私から見れば、そこに登板されるミュージシャンは、憧れの人ばかりです。

面白くて仕方がないので、お客さんとして、何年も熱心に通ううちに、新野さんご夫妻に覚えていただいて、震災をきっかけに、思うところがあって、幼稚園に、「喜劇映画研究会」をおよびしたりと、交流を温めていました。

そのうちに、楽団「ぺとら」でも、幾つかの作品に取り組むようになったのです。

無声映画に音楽を当てる場合、「即興」と、「あらかじめなんとなく準備」「しっかり決めてある」など、いろんな方法があるのですが、

一般の人は、どうしても「即興」をすごくありがたがるように思います。

私は、今年、「京都国際映画祭」を観に行って、いくつものインタビューを見て、司会の方が、この「即興」という言葉を導きだしているように感じました。演奏者の方も、その場で考える即興もあれば、譜面に書かないでメモ程度のという意味の即興もあるので、即興と言っても、意味は、広いと、私は思っています。

私は、教会でオルガンを弾いていた時期もありますし、即興は大の得意です。何時間でも、弾けと言われれば、弾き続けることもできますし、鍵盤も見ないので、その場で映画に合わせることもできます。

でも、弁士の方が、あれだけ研究をして、台本を書いていらっしゃるのだから、音楽の方も、見ている人の気持ちになって、あまり同じメロディを何回も使いまわしにならないように、気を使ってみたいな、というのが、今の私のスタンスです。

それで、

今回の作品のお話です。

作品名は、当日のお楽しみ。

ここで、やっと、冒頭の表の説明です。

前の記事の「無料コンサートのお誘い」にちょこっと、書きましたが、

今は、亡きメンバーのパーカッショニスト小澤敏也が、得意としていた人間メトロノーム、「絶対リズム感」「絶対テンポ感」を使ってオペレートしていた作品を、iPhoneアプリと(BPM関連)、工夫と、練習で、なんとかできるようにしたリベンジ作品です。

ここ、毎日のように、この1分半の作品に向き合って、わかったこと。

まぁ、頭の良い人なら、もっと早くに気付いたと思うのだけれども、

なんで?

この作品は、それぞれ3つの早さ(テンポ)が存在するのか?

多分ね。

それは、撮影した時のカウントのテンポが、それぞれ違うから。そして、それぞれのセットが同じ場所のところは、同一テンポです。

あったりまえでしょ〜が!

ということに、ここ最近、やっと気づきました。(笑)

 

作品の狙いとして、

・この作品の動きのテーマは、大きく2拍子です。

・映像の俳優さんが、グルーヴのある動きをしているため、ピアノにも、なるべくグルーヴをもたせて演奏しています。(デジタルクリックをイメージして、それの真逆と思ってください)

・撮影セットは2つ レストラン情景では、テンポが125くらい、厨房情景では、ちょっと早い127くらい。

・最後のシーンでは、そのテンポ感が、リタルダンド(少しずつ遅くなる)しています。今どきの映像の普通の芝居で、動きがリタルダンドすることって、まずないですよね。ダンスでも、滅多にない。そこのところ、渾身で合わせます。

・最後の和音 この映像からのメッセージを、一言ならぬ、一音で表したら、どんなディミニッシュ(複雑な和音の一種)かなぁ〜、と、福澤と知恵を絞り、巨匠福澤がえらんだ和音です。

 

1時間を超える映画の作品を即興で弾ききるピアニストの方もいるし、youtubeでも、世界的なピアニストの映画とのコラボ映像を見て勉強したりしているので、1分半の映画の抜粋作品をフォーカスして、研究し尽くそう!ということに、一体どれだけの方が共感してくださるのかわからないのですが、

「むらさきmusicラボ」での、まり先生の「ラボ(研究)」発表として、位置付けて、発表演奏をいたしたいと思います。

ホールのスクリーンが下がる準備時間 35秒

新野さんのお話  ちょこっといいおはなし

映像プラス演奏  1分30秒

ホールのスクリーンが上がる時間 35秒

 

シーンが変わる瞬間に、テンポが変わるのが感じていただけたら、大成功です!がんばります。